パンク【PUNKROCK】ロックアーティスト情報

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洋楽パンクとロックの名鑑。海外バンド(アーティスト)をメインに、メンバーリストや活動情報などを紹介。

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オアシス(oasis)

オアシス(oasis)とは
オアシス(oasis)はイングランド・マンチェスター出身のロックバンド。1992年に結成。英語での正しい読み方は「オウェイスィス」である。

ブリットポップ・ムーヴメントの代表格であり、数々の楽曲をチャートの1位に送り込む、英国を代表するロックバンド。美しく壮大なメロディーはムーブメント終焉後も人気が高い。 バンドの核となるギャラガー兄弟は、ビートルズを溺愛しており、ビートルズの『アイ・アム・ザ・ウォルラス』や『ヘルター・スケルター』などを時折演奏したり、自身の曲にもその影響が色濃く表れている。

また、ドラッグや暴力沙汰などのロックではおなじみのスキャンダルとともに、彼らの発言もまたスキャンダラスなものが多く非難の声が上がることも多い。 代表的なところでは同じ英国のロックバンド、ブラーとのいさかいがあり、これは当時のイギリスの音楽ファンを二分するほどの騒動となった。



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ザ・ラーズ(The La's)

ザ・ラーズ(The La's)とは
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ザ・ラーズ(The La's)はイギリスのロックバンド。1986年、リヴァプールにて結成。

これまでにリリースされたアルバムはたった1枚だが、There She GoesやTimeless Melodyなどの彼らを代表する曲からわかるように、イギリスにおけるギターポップに多大な影響を与え、伝説的なバンドとして語り継がれているバンドである。

(正確に言えば、ラーズの始まりは1984年になるが、リー・メイヴァースがフロントマンになり、本格的に活動を開始するのが1986年からのため、この項では結成時期を1986年と記述している。)

リーとジョンを中心としたバンドは、スタジオでデモ音源を何曲か録音し、レコードレーベルに売り込む。彼らの音源に興味を持ったレーベルの中から、彼らはGo! Discsを選ぶ。

1987年、Go! DiscsからシングルWay Outをリリース。地元リバプールを基盤として地道なライブ活動を精力的に行う。翌年の1988年にはセカンドシングルThere She Goesをリリース。評論家達からの賞賛とは裏腹に、セールス面で伸び悩む。しかし、同郷のバンドたちとともに、リバプールの音楽シーンを盛り上げる。

本格的なアルバム制作活動は1989年に入ってからとなる。レコーディングが進み、その年の5月にはサードシングルTimeless Melodyがリリースされる予定であったが、リーがその出来に納得いかずに発売をキャンセル。プロデューサーとの衝突が原因ではないかとされている。この流れでレーベルとバンドの間に深い溝が出来てしまい、アルバムのリリースも水に流れる。デビューから2年経ったにも関わらず、一向にアルバムが完成しない状況をみて、レーベル側はスティーブ・リリーホワイトをプロデューサーに起用、ロンドンのエデン・スタジオでレコーディングを再開する。しかし、セルフ・プロデュースを望むバンド側は、曲の出来に満足がいかず、途中で放棄する。Go! Discs側も彼らに対して多大なレコーディング代を支払っていたため、リリーホワイトにLPを完成させるように説得、結局彼が一人でミックスや仕上げを行った。そして1990年、アルバムThe La'sが完成・リリースされた。

このGo! Discs側の行為に対しリーは激怒。自らのアルバムにも関わらず「背の折れた蛇のようで嫌いだ」と公言し、最終的に「買うな」と述べた。しかし皮肉にも評論家からの評価はとても高かった。

アルバムが発表されたと同時に、Go! Discs側はThere She Goes, Timeless Melody,そしてFeelin'をシングルとしてリリースする。これらはいずれもアルバム・バージョンで、バンド側の思惑を逸脱したレーベル側の行為だと考えられる。

その後ツアーを行ったものの、1992年に中心メンバーであったジョンが脱退した後、バンドは解散表明さえ出していないながらも分解。その後、表舞台から姿を消すことになる。(尚、ジョンは脱退した翌年に新しいバンドCastを結成する)

10年以上にも渡り活動を休止していた彼らだったが、2005年に突如再結成すると発表、イギリスやアイルランドでのライブを行い、その年の夏には来日、サマーソニックではトリを務め、短いながらもツアーを行った。




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アンドリューW.K.(Andrew W.K)

●アンドリューW.K.とは
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アンドリューW.K.(Andrew W.K、本名=Andrew Fetterly Wikes-Krier、1979年5月9日-)はアメリカ合衆国のロック歌手、及び彼の組織するロックバンドの名称である。カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ、ミシガン州出身。

激しいロックサウンドでパーティーチューンを歌い上げるのが最大の特徴。(パーティー以外の内容の楽曲も存在する)数々のパフォーマンスと奇行から「パーティーバカ」と評され、日本のファンからは「兄貴」と呼ばれる。近年の洋楽アーティストには珍しく、国内盤に収録された全ての楽曲に彼のキャラクターと音楽性を踏まえた邦題がつけられている。


幼い頃からジャズピアノなどを学びつつハードロック、ヘヴィメタルに傾倒しバンド活動を経て17歳でソロ活動を開始。1998年にインディーズデビュー。ストリート活動と激しいライヴパフォーマンスでフー・ファイターズのオープニング・アクトに抜擢されるなど人気を集め2001年に「I Get Wet(邦題:アイ・ゲット・ウェット〜パーティー・一直線!)」でメジャーデビュー。アンドリュー自身が鼻血を出している衝撃的なジャケットがイギリスで問題視されるなど話題を呼び、アルバムからのシングル「Party Hard(邦題:パーティー・一直線!)」が大ヒット。日本でも人気に火がつき2002年と2006年にサマーソニックに来日している。



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