パンク【PUNKROCK】ロックアーティスト情報

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洋楽パンクとロックの名鑑。海外バンド(アーティスト)をメインに、メンバーリストや活動情報などを紹介。

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ハンブル・パイ(Humble Pie)

ハンブル・パイ(Humble Pie)とは
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ハンブル・パイ(Humble Pie)は、イギリスのロックバンド。そのハードなライヴ・パフォーマンスでよく知られた。

バンドはスティーヴ・マリオット(リード・ボーカル、ギター、キーボード)、ピーター・フランプトン(リード・ギター)、グレッグ・リドリー(ベース)、ジェリー・シャーリー(ドラムス)から構成された。

大きな成功を収めたミュージシャンたちによるハンブル・パイの結成は「スーパーグループ」として大きく期待された。グループはマリオットのエセックス州モアトンのコテージで秘密裏にレコーディングを始める。彼らはアンドリュー・ルーグ・オールダムのイミディエイト・レコードと契約し、デビュー・シングル「ナチュラル・ボーン・ブギー」は1969年にリリース、イギリスで5位のヒット曲となった。続いてリリースされたアルバム『アズ・セイフ・アズ・イエスタデイ・イズ』はスモール・フェイセズを受け継いで発展させた作品として高く評価された。セカンド・アルバム『タウン・アンド・カントリー』は1969年にリリースされ、前作に比べよりアコースティックな路線のアルバムとなった。この当時のハンブル・パイのコンサートはエレクトリック・セットに続くアコーステック・セットが設定され、後のバンドの多くがそのスタイルを取り入れるようになった。

1970年にイミディエイトの経営が破綻し、バンドはA&Mレコードへ移籍、マネージメントの体制も変化した。アルバム『大地と海の歌 』と『ロック・オン』は同年リリースされる。それはプログレッシヴ・ロックとブギー・ロックスタイルが交互に表れたものだった。彼らのフィルモア・イーストでのステージを捉えた『パフォーマンス〜ロッキン・ザ・フィルモア』は当時最高のロック・ライヴアルバムの一つと見なされた。同作収録曲の「ノー・ドクター」はアメリカのFM局で大きなヒットとなり、アルバムをバンド最高の商業的成功作とした。

しかしながら、本作リリース当時フランプトンは既にソロ活動のためにバンドを脱退していた。フランプトンの後任としてデイヴ「クレム」クレムソンが加入し、バンドはマリオットのブルース、ソウル路線により一層進むこととなる。1972年の『スモーキン』では「ほら穴の30日」がヒットし、バンドはツアーを継続していく。しかしながら大きな成功を収めるまでは行かなかった。1974年の二枚組『イート・イット』は三面がリズム・アンド・ブルースのカヴァーで、一面はライヴが収録されたがファン拡大のための努力は成されなかった。バンドは1975年の「Goodbye Pie Tour」の後に解散した。

1980年にマリオットはシャーリーと共に、ギターにボブ・テンチ(元ジェフ・ベック・グループ)、ベースにアンソニー「スーティ」ジョーンズを加えハンブル・パイを再結成する。再結成ハンブル・パイは二つのアルバムをリリースしたが、間もなく解散した。1991年にマリオットとフランプトンが再び協力を始める。ハンブル・パイの再結成が期待されたが、実現する前にマリオットが焼死し、再結成は実現しなかった。



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