パンク【PUNKROCK】ロックアーティスト情報

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洋楽パンクとロックの名鑑。海外バンド(アーティスト)をメインに、メンバーリストや活動情報などを紹介。

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エディ・コクラン(Eddie Cochran)

エディ・コクラン(Eddie Cochran)とは
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エディ・コクラン(Eddie Cochran, 1938年10月3日 - 1960年4月17日)は、アメリカのロカビリー奏者。代表曲は「サマータイム・ブルース」など。


ミネソタ州のアルバート・リアという小さな町に誕生。
1955年、従兄弟のハンク・コクラン(後にカントリー・ミュージックの作詞作曲者となる)と「コクラン・ブラザーズ」というデュオを組むと同時に、セッション・ミュージシャンとしても活動を始める。
1956年には、映画「女はそれを我慢できない」に出演し、作中で「トゥエンティ・フライト・ロック」を演奏する。
さらに1957年に発表したジョン・D・ルーダーミルクが書いたシングル「シッティン・イン・ザ・バルコニー」が最初がヒットとなる。
そして、彼の代表曲(マネージャーのジェリー・ケイプハートとの共作)「サマータイム・ブルーズ」が1958年6月11日に発売されると、9月にはビルボードの8位まで上昇する。
その後も「カモン・エヴリバディ」「サムシン・エルス」「マイ・ウェイ」「スリー・ステップス・トゥ・ヘヴン」などのヒットを連発する。

しかしイギリスツアーの最中の1960年4月16日、婚約者でソングライターのシャロン・シーリー、歌手のジーン・ヴィンセントと同乗したタクシーが街灯に衝突して大破した。コクランらは病院に搬送され、同乗者2人は助かったものの、コクランは翌日死亡した。
死後、コクランと交流のあったものの1959年に飛行機事故で死去したバディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーへの追悼のために制作された「スリー・スターズ」が発売された。
1987年にはロックの殿堂入りを果たした。



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